日月潭の湖畔に佇む「The LALU(ザ・ラルー)涵碧樓」には
「涵碧樓記念館」が隣接されており、「涵碧樓」の歴史が刻まれています♪
日本語が話せるフロントスタッフの黃文見(Vincent Huang)に案内していただきます!(謝謝!)
エントランスの石壁には、「涵碧樓記念館」を訪れた著名人たちの手形を象られており、
様々な著名人がこの「涵碧樓」を訪れた足跡を残しています♪
館内には靴を脱いで上がります。
入口には元総統である蒋介石のモノクロ写真が飾られており、
広々とした空間にゆったりと写真が展示されています♪
蒋介石が当時使用されていた家具などが配置された部屋もあり、
日月潭をこよなく愛した蒋介石元総統の歴史が伺えます♪
記念館の入口右手には、
休憩所も備わりますのでゆっくりと楽しむと良いでしょう♪
数々の著名人が「涵碧樓」を訪れています。
「涵碧樓」は、日本人が日月潭の水力発電所を開発していた日本統治時代に、
日本人の伊藤氏が休養所を造るため、1916年(大正5年)に現在のラルー半島に小屋を建てたのが始まりです。
原住民のサオ族(邵族)の居住地域であるということと、水力発電所の建設で注目が集まり、
日本統治時代には観光名所として知られ、
「涵碧樓」は日本人高官に好まれる保養所として利用されていました。
台湾が中華民国となると「涵碧樓」は、
日月潭をこよなく愛した蒋介石元総統の避暑用の別荘として活用され、
その後、郷林集団の代表取締役である賴正鎰が権利を取得し、
およそ5年の月日をかけて改修をし、2002年3月に
「The LALU(ザ・ラルー)涵碧樓」として待望のオープンを果たしています。
まだ「Lalu Island(ラルー島)拉魯島」に原住民のサオ族(邵族)が住んでいた頃の様子。
原住民のサオ族(邵族)が杵を持つ様子。
杵をつく行為は、サオ族(邵族)の文化の特色の1つであり、
臼と杵で奏でる歌舞は現在でも日月潭の名物となっています♪
「涵碧樓」を訪れた著名人との軌跡。
日本から皇太子が来訪された1923年には、「涵碧樓」の建て直しを図りました。
この地域は、1999年9月21日の「921集集大地震」により多大な被害に見舞われてしまいましたが、
国立公園に指定され復興予算が投じられ復興を果たしています。
「涵碧樓記念館」は、日月潭に佇む
「The LALU(ザ・ラルー)涵碧樓」の歴史が学べる記念館となっているため、
是非とも足を運んでいただきたいと思います♪
The LALU(ザ・ラルー)涵碧樓
所在地:南投縣魚池郷水社村中興路142號
TEL: 049-285-5311
http://www.thelalu.com.tw/