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ブッダが29歳まで過ごした釈迦国の王宮跡地「カピラヴァストゥ」へ!

2017/10/19

ブッダの生誕地となる「ルンビニ・ガーデン(Lumbini Garden)」を巡り終え、2日目の朝は、ブッダ(Buddha)釈迦が幼い頃から29歳までの歳月を過ごした釈迦族の小国「カピラヴァストゥ(Kapilavastu)カピラ城」へ!ひたすら長閑な風景となる1本道のフラキ・ロード(Hulaki Road)を走り、ルンビニから西へ27km、車でおよそ45分程の場所にあるティラウラコット(Tilaurakot)に向かいます!

カピラヴァストゥ(Kapilavastu)カピラ城は、現在のインドとネパールの国境に近いティラウラコット(Tilaurakot)に位置しております。それは忘れ去られた釈迦族の小さな王国でした。初代の王名はオッカーカ・ムカ (Okkāka mukha) となり、後の王となるシュッドーダナ王(Śuddhodana)マーヤー王妃(Māyā)を娶り、長い間、子に恵まれなかった2人の間に念願の釈迦族の王子ゴータマ・シッダールタ(Siddhartha Gautama)を授かり誕生したのが、後のブッダ(Buddha)釈迦です。

現在、カピラヴァストゥ(Kapilavastu)カピラ城を巡り、インドとネパールで論争が起きておりますが、ネパール側としては、様々な考古学者の研究成果をもとに、このティラウラコット(Tilaurakot)の地を世界遺産登録するために「ユネスコ(UNESCO)」に申請されています!

カピラヴァストゥの王宮跡地の入口付近にある集落は、ネパールの中でも貧しい地域となるようで、茅葺きの屋根に小さな通気口のような窓がある土壁の家が数軒並びます。仕事はなく、自給自足の生活を送っているようです。

牛に与える牧草を細かくする機械は、手動で操るロールカッターとなり、その原始的な仕組みに興味津々の視察団は、村人に手ほどきをしてもらいます!

貧しくも生き生きと日々を送る様子はこの笑顔から観て取れます♪

集落にある小さな売店には、ミネラルウォーターやジュース、スナック菓子などが並びます。ネパールの売店では、よく店頭にぶら下げてあるスナック菓子を見掛けました。ポテトチップスやクラッカーにベビースターのようなものが多く並びます!

集落に住まう4~5歳ぐらいの小さな女の子が、警戒心も持たず、わたしたちに近寄って手を繋いできました!英語を理解しているため、名前を伺うとアナミカちゃんというようです!弟思いのアナミカちゃんは、視察団にもらったスナック菓子をきちんと兄弟で分けておりました♪

この集落では井戸水を用いているようで、ガイドのナレス(Naresh)さんとお母様のプレマヤ(Premmaya)さんが冷たい井戸水をサーブして手を洗わせてくれました!

カピラヴァストゥの王宮跡地は観光地化されておらず、自然な森林内に保管されており、特に道案内等の看板も見当たりません。世界遺産登録が成されれば、もう少し手が入ることになるでしょう。

ガイドのナレス(Naresh)さんが、ブッダ(Buddha)釈迦のルンビニ誕生から、此処で過ごした幼少期の様子や出家に至るまでの歴史を語ってくださいました!

ブッダ(Buddha)釈迦は、釈迦族の王子としてルンビニにて誕生し「シッダールタ(Siddhartha)」と名付けられます。産母となるマーヤー王妃(Māyā)は残念ながら我が子を産んだ7日後に亡くなり、摩耶夫人の妹君であるマハープラジャパティ(Mahā-prajāpatī)が養母となります。カピラ城で何不自由無く王子としての生活を送り、16歳の時にスプラブッタの王女ヤショーダラ姫と結婚し子供まで授かります。しかし、王子は国王が与える宮廷内での華美な生活に満足する事はなく、29歳の時、外界への好奇心が芽生え、修行者になることを決意し、愛馬カンタカに跨がり出家してしまうのです!

途中、施設の管理者が案内をしてくださると、視察団に申し出てくれました!

敷地内は木製の通路を渡り歩き、およそ1~2時間程度で見て回れます!

整備されていないため、案内図の情報も乏しいものです。

「せめて草刈りぐらいはしてほしい」と視察団で話していると、数人の女性たちがホウキで落ち葉を集め、のんびりと手で草をむしり取っておりました。広大な敷地を手で草取りなどと途方もない作業ですが、政府の手が及ぶのはまだ先のようです。

王宮跡地はマンゴー林に囲まれており、東西450m、南北500mと広範囲に及びますが、ネパール政府考古局により、城の東門や西門、城壁や井戸、貯水槽など、発掘調査が行われているのは、ほんの僅か一部です!

カピラ城は国王の命により、高さ7m、幅は3mにも及ぶ強固な城壁だったとされています!

現在、遺構を視認できるものは、紀元前2世紀以降のシュンガ朝からクシャーナ朝にかけてのもので、王子ゴータマ・シッダールタ(Siddhartha Gautama)の時代の遺迹はまだこの下にあり、未発掘の状態が続いているようです!

菩提樹の下で一休憩。

此処でもまた五色の祈祷旗となるタルチョーが飾られており、風にたなびく様子は平和そのものです!

首輪をした山羊も放し飼いされており、城跡地をのんびりと散歩中。とても長閑な風景が見られます!

仏教の説話にある「四門出遊(しもんしゅつゆう)」により、王城の東西南北の四つの門から郊外に出掛け、それぞれの門の外で、老人・病人・死者・修行者に出会い、その苦しみを目のあたりに見て、人生に対する目を開き、出家を決意したという伝説がありますが、実際に、後にブッダ(Buddha)釈迦となる王子が出家したとされる場所、東門(6番ゲート)にて、皆で記念撮影を致しました!当時の様子を思い耽ると感慨深いものがあります!

王宮跡地からさらに先へ、かろうじて舗装されている通路を進みます!

手入れはされていないものの、蓮の咲く池を見つけました!

案内してくださった施設管理者の友人たちから、一緒に写真を撮ってほしいとお願いされ、記念撮影させていただきました!わたしのブッダヘアーは仏教国で大人気のようです♪

王宮跡地の反対側へツーリストバスを呼んでいただき、車で数分の場所にあるThe Twin Stupas(Jori Stupa)」へ御参りに向かいます!

The Twin Stupas(Jori Stupa)双子仏塔

マウリヤ朝時代のものとされる2つの低い円形の双子仏塔は、ゴータマ・シッダールタ(Siddhartha Gautama)王子の御両親、シュッドーダナ王(Śuddhodana)マーヤー王妃(Māyā)の火葬跡地とされています!

双子仏塔に触れながら、一周回って御参りさせていただきました!

ティラウラコット(Tilaurakot)は、発掘調査によりカピラヴァストゥの王宮に相応しい城塞跡であることが確認されておりますが、インド考古学局はこれに反論し、「インド領ピプラハワ(Piplahwa)こそがカピラヴァストゥである」との主張をし続け、国際問題化にまで発展してしまっている状況ですが、解決への道を歩めるよう願います!


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日本人オーナーが運営するホテル「ルンビニホテル笠井」へ! 「ティラウラコット博物館」カピラヴァストゥ王宮跡地の発掘品を展示
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