
空が深い青へと染まる頃、静かな灯りをまとった「伊豆長岡温泉 三養荘」の建物が、夜の庭園の中に美しく浮かび上がります。昼間の深い緑とはまた違う、しっとりとした夏の夜の気配が漂う中、新館の夕食会場「雄峰」へと向かいましょう。

春の滞在に続き、今回で二度目となる三養荘。新館へ足を踏み入れると、前回と変わらない静かな出迎えが、どこか懐かしく感じられます。大きな窓の向こうには、すでに夜の気配をまとった庭園。

畳敷きの小上がりや繊細な意匠の西陣織の襖絵など、随所に日本旅館らしい美意識が息づき、華美ではないのに、静かな存在感を放っています。季節を変えて再び訪れても、変わらぬ美しさで静かに迎えてくれる三養荘。その変わらない佇まいに、二度目だからこそ感じる安心感と、またここへ帰ってこられたような嬉しさが込み上げます。

今夜はここから、主人の50歳の節目を祝う特別な夕食を。

階段を上り、お食事処「雄峰」へ。

「雄峰」の間へ入ると、畳の香りと静かな空気に包まれます。128畳を誇る広々とした空間の席と席の間は、ゆったりと距離を設け、周囲を気にせず食事を楽しめる落ち着いた設え。

そして、ここで目を惹くのが、以前も紹介した舞台壁を彩る截金(きりかね)の作品。人間国宝・江里佐代子氏による「峰光」。伊豆の風景を描いた繊細な金の線が静かに輝き、和の空間に凛とした華やかさを添えています。お料理だけではなく、建築、庭、工芸、器と、そのすべてが響き合うように設えられた「雄峰」の間は、食事をいただくという時間そのものを、ひとつの美しい体験へと変えてくれます。

五感で味わう、葉月の御献立

夏の食材をふんだんに取り入れた本格懐石の始まりです。

前回の滞在でもオーダーした、升に溢れ出すほどたっぷりと注がれる「こぼれスパークリング」。今回も迷わず、こちらをお願いしました。実は、こちらの仲居さんが、前回のTikTok動画を観てくださっていたそうで、動画の中でご自身が登場していたことを、少し恥ずかしそうにしながらも喜んでくださっていたと聞き、私たちもなんだか嬉しい気持ちに。「今回もしっかり登場していただきましょう(笑)」と、升から溢れんばかりに注いでいただきました。きらめく泡がグラスから升へとこぼれていく様子も、この一杯ならではの楽しみ。こうした小さな再会や思い出が重なっていくことも、二度目の三養荘を訪れる楽しさなのかもしれません。

「こぼれスパークリング」

溢れんばかりになみなみと注がれたスパークリングで、節目の祝杯を。

「旬菜」
クリームチーズ豆腐、芋茎浸し、文銭蛸、海ぶどう、烏賊うるか和え、枝豆塩茹で、露味噌松風。

この日の御献立は、夏の食材をふんだんに取り入れた本格懐石。まずは、季節の味わいを少しずつ楽しめる「旬菜」から。色合いも表情も異なる料理が美しく並び、ひと皿の中に夏の味覚がぎゅっと詰め込まれています。高台小鉢には、小豆を添え、京都の伝統的な和菓子である水無月豆腐を模したクリームチーズ豆腐が用意され、程よい粘りとまろやかな味わいを楽しめます。そして、手毬器には、沼津の内浦にある廃校となった小学校のプールで養殖している海ぶどう。数珠状の粒が美しく、ぷちぷちとした口当たり、お出汁をかけていただきます。

芋茎の涼やかな食感など、鮎の内蔵で和えた烏賊、野草のユキノシタの上には江戸時代の貨幣に見立てられた文銭蛸、露味噌松風と枝豆の塩茹で、少しずつ味わうたびにそれぞれの素材が持つ個性が楽しめます。

五感で味わう、夏の味覚

御椀「焼目金目鯛 三島産椎茸 順才 小メロン 青柚子」
続いては「御椀」。焼目をつけた下田産の金目鯛に、三島産の椎茸、順才、小メロン、青柚子が添えられています。蓋を開けた瞬間にふわりと立ち上る出汁の香り。金目鯛の旨みを感じながら、順才のつるりとした食感、小メロンのやさしい風味、青柚子の爽やかな香りが重なります。暑い夏にもすっと身体に入ってくる上品な一椀。

お造り「鮪 車海老 鱧落とし 褄いろいろ 煎酒」
お造りは、鮪、車海老、鱧落とし。伊豆の海の恵みを感じさせる、夏らしい盛り合わせです。中でも夏を代表する鱧は、落としに仕立てられ、梅干し、鰹節、日本酒を煮詰めて作った煎酒でいただき、さっぱりとした味わい。車海老の甘み、鮪の旨み、それぞれの持ち味を楽しみながら、見事な桂剥きで造る刺身の妻とともにいただきます。ひと皿の中に夏の海を感じる涼やかさ。

お造りを食べ終え、中蓋をそっと開けると、殻ごといただける沢蟹の塩茹でがお目見え。胡瓜を丁寧に飾り切りした可愛らしい蛙が添えられ、遊び心のある演出で夏の涼を感じさせてくれます。

焼肴「鮎塩焼き 初神生姜 蓼酢」
夏の懐石料理といえば、やはり鮎。この日の「焼肴」は鮎の塩焼きです。香ばしくふっくらと焼き上げられた鮎は、頭から尻尾まで夏の味覚を存分に楽しめる一品。添えられた初神生姜と蓼酢が、鮎の味わいをさらに引き立てます。川魚ならではの繊細な香りと、焼き目の香ばしさに、日本の夏を感じさせてくれる、印象的な一皿。

冷やし煮物「玉野菜ジュレ掛け」
見た目にも涼やかな「冷やし煮物」。冬瓜、ミニトマト、里芋、南瓜、人参、オクラなど、色とりどりに丸くくり抜かれた美しい玉状の野菜に、チキンコンソメのジュレが涼やかに添えられています。ひんやりとしたジュレと、やわらかく炊かれた野菜。夏の暑さを忘れさせてくれるような、軽やかで優しい味わいは箸休めのような存在で、最後に振られた柚子が、ふわりと香りを添えてくれます。
強肴「国産牛フィレステーキ」
強肴は、国産牛フィレステーキ。春にいただいた際はウェルダンでの提供だったため、今回はあらかじめレア気味でお願いしました。おかげで、しっとりと柔らかく、見事な火入れに仕上がっています。パプリカ、クレソン、マッシュポテトを添え、辛子醤油でいただくスタイル。きめ細やかなフィレ肉は、脂の重さを感じさせない上品な旨みがあり、肉そのものの美味しさをじっくりと味わえます。ここまで繊細で上品な和の味わいが続く中、程よいボリュームのステーキが登場することで、懐石料理の流れにも心地よい変化をもたらしてくれます。

御食事「酢橘素麺 玉蜀黍御飯 香の物」
この日の御食事は、酢橘素麺と、玉蜀黍御飯、香の物。酢橘の爽やかな香りが広がる素麺は、暑い夏の夜にぴったりの一品。つるりとした喉越しが心地よく、ここまでの流れを軽やかに締めくくってくれます。そして、鮮やかな色のとうもろこしの甘みがご飯に広がり、夏らしい味わいで楽しませてくれます。

甘味「丹那牛乳と和三盆のプリン」
最後の甘味は、静岡県東部の箱根南麓に位置する函南町丹那盆地で生産される地元で大人気の牛乳ブランド「丹那牛乳」と和三盆のプリンと季節の果物。なめらかな口当たりのプリンは、和三盆のやさしい甘みが印象的。濃厚でありながら後味は上品で、懐石料理の最後を静かに締めくくってくれます。そして、季節の果物となる西瓜を添えて。夏の味覚を少しずつ重ねてきたこの夜の、やさしいフィナーレ。さらに、器の傍らには「HAPPY BIRTHDAY!」の嬉しいメッセージも。主人の50歳という節目に寄せてくださったさりげない心遣いが胸に沁み、甘味のひと皿とともに、心まで満たされる締めくくりになりました。

春には14周年の結婚記念日を祝うために訪れた三養荘。そして今回は、主人の50歳の誕生日。夏の懐石は、春とはまた違った趣がありました。50歳という人生の節目。これまで歩んできた年月を振り返りながら、これから先の人生にも、穏やかで幸せな時間がたくさん訪れますように。そんな願いを込めて、ゆっくりと杯を重ねる夜。人生100年時代なら、50歳はちょうど折り返し。ここからまた始まる新しい50年も、笑顔の多い日々でありますように。大切な節目を、大切な場所で。

春に訪れた際には、まだお披露目前だった「月見台」。今回は正式なお披露目を迎え、三養荘の新たな活躍の場として、さまざまな催しをされていると伺い、食事の後に足を運んでみることにしました。

雄峰の間を出て、渡り廊下を進みます。

月見台
2026年5月13日に新館の「月見台」が約20年ぶりに復元され、新たな鑑賞スポットとして公開されています。

夏の夜風に吹かれながら、しばし空を仰ぐひととき。昼間の深い緑に包まれた庭園とはまた違う、夜の三養荘の静かな表情がそこにはありました。50歳という節目を祝う特別な一日を、美味しい料理と美しい景色、そして心に残る時間とともに締めくくることができました。季節を変えて訪れるたびに、新しい発見と出会いがある三養荘。また次の季節、この場所に帰ってこられる日を楽しみにしながら、夏の夜は静かに更けていきました。
伊豆長岡温泉 三養荘
住所:〒410-2204 静岡県伊豆の国市墹之上270
TEL:055-947-1111
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