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ミラノのルネッサンス期最大の城「スフォルツェスコ城」と博物館内

2013/11/21

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小雨も止み、ツアーバスで移動しながら2日目のミラノ観光がスタートします。今回、イタリア観光中にバスのドライバーをしてくださるのは、写真に後姿が映っております上下デニム姿のスィニョーレ Signore(Mr.)シルヴィオ・サントゥッチ(Silvio Santucci)さん。とてもユニークでチャーミングなシルヴィオさんは、生粋のイタリア男のようでした(笑)後ほど、また顔写真をご紹介します♪

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最初に向かった観光スポットは、1450年にミラノ公爵フランチェスコ・スフォルツァがヴィスコンティ家の居城として建設した「スフォルツェスコ城」です。スフォルツェスコ城またはスフォルツァ城(イタリア語:Castello Sforzesco カステッロ・スフォルツェスコ)は、現在は博物館としても公開されており、休館日以外は入館し美術品を眺めることが可能です。そして美術館としては珍しく写真撮影が許されている希少な場所でもあります。入り口にはそびえ立つフィレーテの塔とカステッロ広場の噴水、そして馬に乗ったスフォルツァ公爵の彫刻が置かれ、とても迫力があり気持ち良い光景です♪

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109メートルにも及ぶフィレーテの塔に備え付けられた装飾は比較的新しいもので、時計は約100年前に追加されたものだそうです。 中央の白い石像はミラノの守護聖人である聖アンブロージョ。アンブロージョとは、4世紀にミラノの司教であった人物です。

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イタリアではツアー観光の際に資格を持つ現地ガイドさんを必ず立てることを義務付けられています。拠って、ツアーの添乗員さんが観光地まで案内し、各観光場所毎に専門ガイドさんが付くといった流れです。こちらを案内してくれるガイドさんは、日本人でミラノ在住の上山ゆうこさん。城内MAPを観ながら歴史を説明してくれています。ツアー参加者の人数は、17組34名と大所帯です。ガイドさんの声が後ろの方にも届くように「耳太郎」というイヤホンガイドを1人ずつ持たされているので、見所の箇所毎にガイドしてくれるので便利でいて安心です。ツアー団体から少し離れてしまうとイヤホンガイドが聞こえづらくなるので、迷子になる心配も防げます。しかし、旅行中にもし耳太郎を紛失してしまった場合は、自己負担で5,000円ほど支払わなければならないようなので、きちんと自己管理が必要ですよ♪

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さて、話はスフォルツェスコ城の歴史に戻りますが、ヴィスコンティ家の後の支配者スフォルツェスコ家は、この城を改築・拡張し堅固な城塞としましたが、後年この地を征服したナポレオンによって、一部の施設が破壊されてしまいます。もともとは星型の形状の広大な城郭でしたが、現存しているのは元々の面積の1/4程度以下となってしまいました。裏の残りの敷地は広大なセンピオーネ公園(Parco Sempione パルコ センピオーネ)や道路となっており、市民も利用することがきる憩いの場となっています♪

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鉄格子の重々しい入り口から入場し、博物館へと参りましょう。さきほどまで雨に降られていたせいか、城壁や石畳、そして木々が露を纏い、しっとりとした風景となります。天候の良い日の観光が一番ですが、こういったおもむきも素敵ですね♪

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城の中庭の内堀に見える芝の青さの美しさに目を奪われ覗き込んでいると、そこには昔、砲弾として使用されていた石の玉が数箇所に置かれています。今でこそ平穏に博物館として公共の場となっていますが、至るところに戦ありきのその時代の情景が残されているので、どこか重々しい雰囲気を感じるのでしょう。

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博物館内部に入場しました。

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当時の棺や、美術品が展示物なのにも関わらず忽然と現れます。

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鎖やガラスケースの中に展示されているわけではないので、ついうっかり手を伸ばして触れてみたいと思う衝動に駆られるかもしれませんが、それは厳禁です。ガイドさんもそのような軽率な行動をしてしまう人たちをたくさん見て来たようで、厳しく注意されていました。過去には、手すりに腰掛けたりして展示品に巻き付き記念撮影をする大馬鹿者がいたようです。十分に注意して拝観いたしましょう♪

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ツアー観光は時間制限があるためにガイドさんは足早に進みます。あまり細かくは観れないのが残念ですが、要所要所はきちんと押さえてくれるので、おおまかに拝観し、次はそれを念頭に置きフリーでもう1度訪れることをお勧めします♪

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こちらは、ベルナポ・ヴィスコンティの棺を飾るモニュメントです。中央の長方形の部分が棺で元々はミラノの教会に納められていたものとなります。

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展示品もさることながら、天井画の美しさにうっかり見惚れていると、首が堪らなく痛くなります(笑)この装飾は「キリストの復活図」を意味するようです。暗い部屋の天井に薄いブルーのせいか瞬時に目を惹きます。キリストの復活を見て、驚き慌てふためる兵士たちの姿もお判りでしょうか。

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今まで教会などの色鮮やかなステンドグラスをいろいろ観てきましたが、城内にも可愛らしいステンドグラスがあり、わずかながらに陽を射し込んでいました♪

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こちらは、宗教行事などの際に行なわれたパレートで使用されていた旗が展示されている部屋。旗には金糸で美しく飾った絹の刺繍が施されており、中央はミラノの守護聖人である聖アンブロージョ。アンブロージョは先ほどもフィレーテの塔のところで紹介しましたが、4世紀にミラノの司教であった人物で、彼が創建したミラノ最古のサンタンアンブロージョ教会にはその遺骸が納められています。

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北東の角の塔の1階部分にあるアッセの間(sala delle Asse)にやってきました。ルドヴィーコ・イル・モーロの注文により、1498年にレオナルド・ダ・ヴィンチはこの一室を巨大な樹木で覆うように描いています。天井には葉と枝と幹の部分、壁は巨大な岩を抱える根を描くという構図。壁の部分は、その色の単色性から「モノクロ ( Monocromo ) 」と呼ばれています。木の幹に見立て、天井、部屋の壁にびっしりと絡み合った枝葉、そして要所に金色の紐、赤紫色の果物も描かれているそうです。この部屋は、隠すように上から漆喰が厚く塗られており、レオナルド・ダ・ヴィンチの絵が発見されたのは19世紀の末のこと。その後、東側の壁にあった木製の壁の下からは、大きな岩に入り込んだ太い植物の根と幹の白黒の下描きも発見されています。現在、風化が激しく一部修復中ではありますが、当時レオナルド・ダ・ヴィンチが室内でも外にいるような気持ちになれるよう明るく広がる緑のテラスをイメージして描いたものが甦ると嬉しいですね♪

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こちらの天井画は、スフォルツァ家(元ヴィスコンティ家)の紋章です。金地に、冠を戴いて翼を広げた黒い鷲と、白地に、冠を戴いて人を呑みこむ青い大蛇(竜)。大蛇の紋章は、最初のミラノ公ヴィスコンティ家の紋章。子どもを丸呑みにしようとしている蛇を倒した、ヴィスコンティ家の勇壮を称えての図案、という説と、敵の兵士(サラセン人)を呑みこむ強大な大蛇の図案、という説とあると言われています。ヴィスコンティ家は嫡子が途絶え断絶、ビアンカ・マリア・ヴィスコンティの夫であったフランチェスコ・スフォルツァが、1450年にミラノ公となり、紋章もスフォルツァ家に受け継がれているのです。わたしの愛車でもあるアルファロメオのエンブレムの由来が、このヴィスコンティ家の紋章であると聞いてしまえば、つい親しみが湧いてしまいます♪

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こちらは、コロンビーナの間(Colombina)。この部屋には、15世紀半ばの優れた彫像類を集めており、部屋自体もミラノ公の私的住居の一部をなしていた部分だそうです。部屋の名のコロンビーナ・小鳩の由来は、天井に描かれた輝く太陽の上に表現されているそうです。照明に照らされていて、本当の太陽のように明るく輝く部屋でした♪

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当時の鎧や剣なども数多く展示されており、足元には石棺の蓋が置かれています。

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こちらは、バッティスタ・バガロッティ司教の墓棺。

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こちらは、ガストン・ド・フォア(Gaston de Foix)の記念墓碑。作者は、アゴスティーノ・ブスティ(Agostino Busti)。ヌムール公ガストン・ド・フォア(1489-1512)というのは、母方から言うとフランス王ルイ12世の甥にあたり、1511年ミラノ総督に任命し、ヴェネツィア共和国がフランス、ドイツ、教皇側を相手に戦ったカンブレー同盟戦争において、1512年若干22歳にしてフランス側の総司令官となり「イタリアの雷」と呼ばれる程の活躍をします。しかし同年ラヴェンナの戦いで死亡。若くして亡くなったガストン・ド・フォアを称えて作られた記念墓碑は、繊細で優美、まさに最高傑作と言われています。ガイドさんの案内によると、その優美な勇姿ゆえに以前置かれていた教会では、恋愛がタブーな修道女たちが皆、このガストン・ド・フォアの記念墓碑に惚れ込んでしまい恋に落ちてしまうという珍事態が起こり、事態を収拾するために、こちらの博物館に移動されたそうです。可笑しな話ですね(笑)

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こちらが、ミケランジェロのロンダニーニのピエタ像(Pietà Rondanini)。当時としては異例の89歳という長寿で亡くなったミケランジェロ(Michelangelo)が、亡くなる3日前まで視力を失いながらも倒れる直前まで手を入れていた最後の作品という事でも有名で「未完のピエタ像」とも言われています。ミケランジェロは正式の名をミケランジェロ・ブオナローティ(Michelangelo Buonarroti)と言い、フィレンツェ共和国生まれ。ロレンツォ・デ・メディチに才能を見こまれ、メディチ家に引き取られてて彫刻を学んでいます。ピエタとは、イタリア語で「悲哀」を表す言葉で、十字架に掛けられて亡くなったイエス・キリストと、その亡骸を抱きかかえて深い嘆きに沈む聖母マリアを描いた作品です。ミケランジェロは生涯4つのピエタ像を手がけています。

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数多くの貴重な展示品を間近で観ることができて、ミラノ観光初日のまだ1つ目のポイントにも関わらずお腹一杯な感じです(笑)

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イタリアでは、紅葉といっても紅くなることは少ないそうで、黄葉で、オレンジ、黄色、ベージュ、茶のトーン、ところどころにグリーンといった感じです。この日は、小雨が降ったせいか若干気温は低かったように思いますが、それでもコートや厚手の上着は必要とせず、11月初旬にしてはとても過ごしやすい気候のように思います♪

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城壁の外側は、緑豊かな公園、ジョギングを楽しむ方の姿も見られ、とてものどかな時間が過ぎていく場所です。お天気の良い時は、センピオーネ公園の芝生に転がり景色を楽しむのも良いでしょう。さて、次回はイタリア一美しいアーケードの紹介です♪

スフォルツェスコ城
所在地:Piazza Castello,27029 Milano,イタリア TEL:+39 02 8846 3700
開城時間:7:00-18:00,夏時間:7:00-19:00
開館時間:美術館、博物館:9:00-17:30 休館日:毎週月曜日
建築様式:ルネサンス建築 設計:フランチェスコ・スフォルツァ
http://www.milanocastello.it/ita/home.html

Piazza Castello,27029 Milano,イタリア

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ミラノ郊外の「THE HUB HOTEL ザ ハブ ホテル」はモダン且つスタイリッシュ 2013年のボジョレーヌーヴォーと共にイタリアンディナー
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